人の好みは結局のところコントロールされてる?

落語ブームだという。1年ほど前からなのだそうだ。僕が最初に落語に接したのが今年の1月だから、普通に落語ブームに乗っかっているということになる。僕としては落語ブームだというのを知ったのは最近だし、最初に志の輔らくごに行ってみようと思ったのは、ただ単にぴあのチケットページで目にしたから申し込んでみたというものなんだけど、でもこうブームとリンクしていると、やっぱり人の好みはけっこうコントロールされているのかな、と思ってしまう。


昨日の志の輔さんの独演会のまくらで、今が落語ブームだというのを話していたんだけど、志の輔さんが言うには、今回の落語ブームは昔の漫才ブームとは異なっていると言う。どこが違っているかというと、漫才ブームの時には漫才がテレビからこれでもかっていうぐらい放送されていたんだけど、落語ブームの現在でも落語を流すテレビ番組というのはほとんどないんです、とのこと。


確かに、落語というのはテレビで見ておもしろいものではないような気がする。何となくテレビって集中できなくないですか? ぼんやりと見てしまう。落語を聴くときに大切なのは、そこで語られている場面を自分の頭の中で映像化することなのに、テレビだとそこまで集中できない。それに、落語というのは絵としては全然おもしろくない。おじさんが着物着て座って話しているだけなんだから。


しかし、そうであっても、ブームがテレビとあんまりリンクしていない(タイガー&ドラゴンっていうドラマは落語をとりあげたものみたいですね)というのは注目できるような気がする。つまり、人の好みを形作るものとしてのテレビの位置づけというのは以前はもっと高くなかっただろうか、ということを考えてしまう。ところが、テレビとはあんまり関係ないところでブームが形成され、逆にテレビがそれに後乗りするかっこうになっている。


正直言って、最近のテレビは全然おもしろくない。僕なんかテレビを見る時間は週に1時間もないように思う。たまに気分転換がしたくてテレビのスイッチをつけるけど、パチパチとチャンネルを変えてみてもどれ一つとしておもしろそうなのをやっていないのですぐ消してしまう、なんていうことがよくある。若貴騒動なんてホントどうでもいいし、やっぱり時代はCS放送のように、こちら側が見るものを選択していく時代になっているんだろうな〜、と思う。でも、うちは位置の関係でスカパーのアンテナが設置できないんだよな・・・。


まっ、ともかくそういうのを反映しているのか、テレビの世論リーダー、あるいはブームの先駆者としての地位は急速に落ち込んでいるんではないかな、と思う今日このごろでした。