ジャーマンポテトはすでにビールだ

近々、友人たちとみんなで飲もう、という企画をすることになった。友人たちと言っても、二十歳ぐらいから六十近い人までいろいろである。とりあえず、みんなが楽しめる場を提供するためには下見をしなければならない、ということで昨日、横浜のジョイナスの地下にある「銀座ライオン」に行ってきた。定番中の定番かもしれないね、この店は。


僕なんかよりもはるかに舌が鋭い友人U曰く、銀座ライオンで飲んだ生ギネスはこれまで飲んだどんな黒ビールよりもおいしかったんだよ、とのことで、それがほんとうにすばらしくてみんなで飲むのにふさわしいかどうか確かめなければならない。そして、それがほんとうにおいしかったとして、それにふさわしいおつまみや食事とは何であるのかを見極めなければならない。そのような重要な使命感を持って、僕と友人Uは昼の二時近くに、幸福そうな微笑みを浮かべたホームレスとすれ違い、別のうなだれたホームレスを横目で見ながら*1、階段をさっそうと降りていったのである。


僕には、それとは別にもう一つ観察してみたいことがあった。それは、「こんな真っ昼間からビールなどを飲んでいる人たちとはどのような人であろうか」ということである。真っ昼間から酒を飲むというのは旅の醍醐味の一つなのだが、普段はしようと思ってもなかなかできることではない。しかし、銀座ライオンのようなところに行けば、昼間から酒を飲み、おいしいおつまみをほおばっている人たちを見ることができるに違いない。そう思った。


入口を入ったところで、やたら大きな声で「いらっしゃいませぇ〜」と言われ、少しこっ恥ずかしく思いつつも、案内されるがままに巨大なビールタンクの横を通り抜け、あたりを見回しながら奥の席へと進んでいった。ところが、ほとんどすべての客たちは酒など飲んでおらず、普通にランチを食べているだけであった。急速に僕は自分が昼間っから酒を飲もうとしていることに羞恥心を覚え、「申し訳ない!」と、ランチをかき込んでいるサラリーマンたちに謝りたくなった。


しかし、これは下見なのだ、みんなのためなのだ、と自己暗示をかけながら席に着き、メニューを開いた。横並び精神が強烈な日本人として生まれ育ってきた僕は、やはりランチを食べたいという強烈な事なかれ精神が自分をむしばみつつあることを感じていたが、それを振り切って、生ギネスのハーフパイントとジャーマンポテト、横浜コロッケ、ビアホールウィンナーを素早く注文したのであった。


生ギネスはやはりうまかった。キメの細かい泡は言うまでもないことだけど、はっきり言って缶で飲むギネスとは全然違う味がするのだ。缶ギネスは苦みが強い。それはビールの苦みと言うよりは、黒糖が焦げたような苦みである。なので、350mlの缶を開けてしまった自分は、それをすべて飲み干すことは難しいと気づくことになる。ところが、生ギネスはそういった苦みはまったくしない。飲みやすくコクがあり味がある。


ジャーマンポテトを食べる。ホクっとしたポテトの食感と軽い塩味、そしてベーコンとバターの風味が口に広がったところで、ギネスを一口飲む。コクのあるギネスとジャーマンポテトが口の中で融合する。ベーコンの風味が一瞬ビールによって流されてしまったかと思うと、またふとギネスの味わいの中からバターのほのかな香りと共によみがえる。そして、ギネスのしみこんだポテトが喉を通過するとき、その調和は最高潮に達する。至福である。幸福である。安上がりな幸福だね、と言われようが、ギネスよりももっと合うビールがあるのに、と言われようが*2、本場ドイツで食べればもっとおいしいよ、と言われようが、海原雄山に味にケチをつけられようが、そんなことはどうでもいい。たしかにそのとき、僕たち二人は幸せだったのだ。ドイツ人、万歳、と言うしかない。「うまい・・・」。食べ始めてから僕ら二人はそれしか言っていない。そして友人Uは言った。


ジャーマンポテトはすでにビールだね。違うものじゃない。合わせて一つなんだよ。


まったくその通りだ、と僕は思った。生ギネスとジャーマンポテト、こんな幸福な組み合わせが生み出されたことに、僕は先人たちに感謝をしなければいけない。合わせて1,500円もいかない幸福、こういうのが人生の醍醐味なのだ。


そのあと、僕はエビスの生のグラス*3を頼み、再びジャーマンポテトを頼み、「昔懐かしハムカツ」を頼んだ。考えてみると、僕は昔からハムカツというものを食べたことがなく、懐かしくもないような気がするんだけど、名前がそういうものなんだから懐かしいんだろう。


結局、結論としては、生ギネスとジャーマンポテト、これが最高の組み合わせだと思う。そして、また一人でもいいからこの組み合わせを飲み食べにこようと思った。


銀座ライオンのパンフレットにはパーティープランというのがあって、飲み放題プランとかがあるのだが、みんなそれぞれ頼みたいものを頼んでもらった方が良さそうだ、ということに相成った*4

*1:ホームレスであろうが何であろうが、同じ境遇でも人はまったく違う感情を持つことができる。不思議なことだが真実だ。

*2:ぜひ教えてほしいけど・・・。

*3:僕はビールは中ジョッキとかで飲みたいとは全然思わない。だいたいグラスを頼んでいる。ジョッキで飲むと、最後のほうのちょっとしたうんざり感みたいなものがあって嫌なのだ。

*4:僕は基本的に小食のため、食べ放題とか飲み放題とか言われても別に全然うれしくない。かえってそういうところでは食欲が落ちてしまう。楽しむために食べるのか、食べるために食べるのか、それが分からなくなってしまうからだ。